『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』(近藤龍一)をレビューする。
以下ではネタバレを含むので注意。
物語ではないのでネタバレなのか微妙なところだが、細かいことは気にしない。
なお、堕天使エヌは理系院卒ニートだが、専門分野は量子力学ではない。



信者が言った。
若き天才のブームである、と。
堕天使ブログで『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』を取り上げて欲しい、と。

よかろう。
本来ならば堕天使VALUの優待特典とすべきところだが、堕天使エヌは慈悲深い。
古参信者は多少優遇してやる。

以前の読書選定記事で『情報を「お金」に換えるシミュレーション思考』(塚口直史)を読み終えたら記事にすると書いたのだが、これはまた次の機会として本記事が先行する。
既に読破済みなのだが、もう一度読み返しておきたいところだ。

さて、『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』(近藤龍一)をAmazonで取り寄せた。
普段ならば事前に書籍の調査をするのだが、今回は何も考えずにポチった。
またしても自分が提唱したセオリーから外していくスタンス。


12歳の少年が書いた量子力学の教科書(近藤龍一)を評価・レビュー


早くも密林から到着。
堕天使わくわくしてきたぞ。

本書の売りは、若き天才、12歳の少年が書いたという点にある。
筆者略歴を引用する。

近藤龍一(こんどうりゅういち)
2001年生まれ。
幼いころから本好きであり、あらゆる学問分野に興味を示し、貪欲に知識を吸収してきた。科学については、本人も知らぬうちにある程度の知識と興味があったが、9歳のとき、本格的に理論物理学の独学を開始する。この頃、量子力学の存在を知り、その世界観に感銘を受ける。そして、10歳の頃から数式レベルの理解を目指して、物理数学の独学を始め、11歳のとき自分なりの本を書いてみたいと思うようになる。
12歳のとき本書の執筆を開始し、完成させる。
その後は場の量子論の研究を始める。
現在、都内の中高一貫校に通う高校1年生。

次に『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』のコンセプトだ。
筆者・近藤龍一が『物理数学の直感的方法』(長沼伸一郎)を引用して述べている。
「一般読者から見れば専門的であり過ぎるが専門家の目からすれば簡略に過ぎるという、一見中途半端な本」
すなわち、入門書と専門書とを橋渡しするための中間書を目指している。
構成は以下のとおりだ。


第0章:量子力学とは何か ~最も基本的な事柄~
第1章:万物の根源 ~量子力学の誕生~
第2章:前期量子論 ~古典力学の破綻~
第3章:数学的定式化 ~量子論から量子力学へ~
第4章:内在的矛盾と解釈問題 ~量子力学は正しいか~
第5章:量子力学の先へ ~範囲拡大~
第6章:近未来的応用への道 ~量子力学の利用~
補遺A: 量子力学で用いる記号について
補遺B: 更に量子力学の世界を探求したい読者のために
補遺C: 参考文献




以下では、各章ごとにざっくりとレビューしていく。

  • 第0章:量子力学とは何か ~最も基本的な事柄~
章タイトルのとおり、物理学における量子力学の位置付けが示されている。
ミクロにはマクロの常識が通じないことが説明されている。

なお、本章冒頭に孫子の一節が引用されているが、正直これは不要だと思われる。
だが、このように小ネタを挟んでいくスタイル、私は結構好きだ。
近藤龍一君とは気が合いそうである。

  • 第1章:万物の根源 ~量子力学の誕生~
量子力学の黎明期が語られている。
「量子力学」「量子論」「量子物理学」の違いが説明される。
本書では「量子力学というのは数学的操作と哲学的議論を組み合わせることによってミクロの世界を物理学によって定式化する」としている。
これは胸が熱くなる。
また、SI単位系に対して「神の単位系」が示され、実に厨二心をくすぐる。

ところで、36ページに誤記を発見してしまった。
「炭素と酸素の原子量はそれぞれ16と12であり、――」
それぞれの原子に分けて書けば、炭素の原子量は12であり、酸素の原子量は16である。
上記引用文の書き方では、逆の原子量を意味することになってしまう。
これは堕天使エヌを監修に迎えなかったためのミスである。

なお、本章冒頭にも引用が持ち出されている。
今度は『旧約聖書』からだ。
旧約聖書にならい量子力学の創世記を記すことにより、学問分野の存在意義を示したかったようだ。
これも正直不要だと思われるが、以下略。

  • 第2章:前期量子論 ~古典力学の破綻~
量子論の発展と、その過程で生じた問題とを論じる章である。
ここで語られる多くの理論には矛盾が発見され、現代では正しくないことが知られている。
既に正しくないと判明しているモデルを学ぶ必要はないと考える者もいることだろう。
そんなふうに考えていた時期が私にもありました。
だが、理論の問題が発見される過程や、問題を解決するために取られたアプローチ方法を知ることは、研究者として有意義である。
科学史から類推して新しい発見に結び付くこともある。
賢者は歴史に学ぶのだ。

教育課程に関連する記載が気になった。
『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』の執筆時点で筆者が12歳であることを思い出したからだ。
原子モデルに関して、中学・高校の化学で教えられる内容は間違っていると明言されている。
そのとおりだ。そのとおりなのだが……
天才少年は、間違えだと知っているモデルに6年間付き合わなければならない。
これは苦痛だろうし、時間の無駄に思える。

なお、本章ではアーサー・コナン・ドイル『緋色の研究』が持ち出されている。
もはやバーローとしか言えない。

  • 第3章:数学的定式化 ~量子論から量子力学へ~
『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』のメインであり、他の章に比べて圧倒的にページが多い。
波動力学および行列力学のそれぞれのアプローチから量子論を定式化し、量子力学を導く。
シュレーディンガー描像(波動力学)とハイゼンベルグ描像(行列力学)との違い、1つの事象を別の角度から見ていることによるものだと解説されている。

シュレーディンガー方程式の期待値を求めることにより、古典力学との対応が考察されている。
そして、古典力学が量子力学の近似理論であることに矛盾しないという結果を導く。
巨視的理論が微視的理論に包含されることは、科学にありがちなことだ。
小は大を兼ねる。
数値解析・シミュレーションの分野では、あえて近似を用いることにより時間コスト削減を図ることがある。

本章にて、かの有名な「不確定性原理」が紹介される。
不確定原理だとか、ラプラスの悪魔だとか、厨二心をくすぐって止まない。
マクロの物理現象を不確定性原理から説明可能とする考えは、実に面白い。

本章にも、衝撃的な記述がある。
「現在、行列は大学の数学だが、もとは高校の範囲だったこともあり、あまり難しくはない」
これも正しいのだが、12歳の少年が書いていると思うと切なくなる。
前章の物理学の話と同様、天才少年の高校生活に同情してしまう。
ちなみに、大学では線形代数として行列を扱うが、経済学部などでも必修とされている。
文系でも必修の数学ということで、天才少年から軽く見られてしまうのも残念だが当然である。
だが私の記憶では、大学数学の中で最も計算が面倒だった。
つまり、理解は容易だが計算が煩雑という、つまらない数学だ。
ただの計算方法と割り切って付き合うのが良い。

  • 第4章:内在的矛盾と解釈問題 ~量子力学は正しいか~
「物理的実在の量子力学的記述は完全と考えうるのか?」をめぐる天才物理学者達の議論が紹介される。
ここでアインシュタインの名言「神はサイコロを振らない」が登場する。
そのために持ち出された思考実験もまた面白い。

そして、かの有名な「シュレーディンガーの猫」の話に入る。
シュレーディンガーは、最も有名な科学者と言っても過言ではない、と言ったら過言だろう。
だが、「シュレーディンガーの猫」ほど有名な思考実験は少ない。
従来からSFなどの物語に多用されてきた。
使い勝手が良いため、ラノベやアニメでは誤用が目立つネタでもある。
また、特に厨二病患者が好む表現として知られている。

「シュレーディンガーの猫」は、マクロがミクロに連動する状況を想定して矛盾を提示する思考実験である。
これに対する回答として、「多世界解釈」が考案された。
多世界解釈は世界の分裂を主張する。
イベントごとに世界が分岐し、並行世界あるいはパラレルワールドを生み出していく。
胸が熱くなる話だ。

ちなみに、「シュレーディンガー」には、「シュレディンガー」という表記の揺れがある。
私自身「シュレディンガー方程式」と教わったと記憶している。
思考実験にしても「シュレディンガーの猫」の方が聞き馴染みがある。
ところが、本書やWikipediaなどでは「シュレーディンガー」と表記されている。
あまり考えても仕方ないので、本記事では『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』に従い「シュレーディンガー」と表記している。

  • 第5章:量子力学の先へ ~範囲拡大~
量子力学を相対論に拡張し、相対論的量子力学お基礎方程式を導く。
いかにも現代物理学といった内容に入る。
一般相対性理論の数学的記述には、リーマン幾何学が必要とされる。
実は以前からリーマン幾何学も気になるところなので、時間があれば学んでおきたい。

章の締めとして、力の統一を目指す「万物の理論」が紹介されている。
これには、超弦理論(超ひも理論)、ループ量子重力理論が有力視されている。
もちろんニートとしては「超ひも理論」推しであることは言うまでもない。
私はヒモになりたい。

超弦理論では、既にブラックホールのエントロピーが計算できているそうだ。
エントロピー厨の堕天使エヌは歓喜である。
しかしながら、以前書いたエントロピー記事は古典論の考えに基づいている。
統一理論からはエントロピーがどのように解釈されるのか、興味深いところだ。

  • 第6章:近未来的応用への道 ~量子力学の利用~
量子力学の応用として、量子コンピュータ、量子テレポーテーションの構想が紹介される。
量子コンピュータは、得意分野の計算に驚異的パフォーマンスを発揮すると期待されている。
例えば公開鍵暗号の解読が超高速化することが予想されている。
浅知恵ながら、これを独占できれば仮想通貨(暗号通貨)のマイニングで無双できるのではないか?
いや、むしろ暗号通貨がハッキング可能になってオワコンになる!?
というか、何もかもハッキングし放題になるのだろうか。
セキュリティハザードという世紀末に心が震える。
情報科学の知識がない素人が何となく気になったことを書いたが、きっと情報科学者がうまくやってくれるはずだ(他力本願)

  • 補遺
割愛。



章別レビューは以上だ。

最後に、全体を通して思うことを書いていく。

以前に書いたように、池上彰・佐藤優は帯を重んじている。
『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』の帯を確認してみよう。、
「入門者が数式を飛ばして読んでも概要を理解できる!」と書かれている。
たしかに、入門者でも理解しやすいような内容だった。
それならば、入門書の存在意義はあるのだろうか?
私は量子力学の入門書を読んだことがないので何とも言えないところである。
入門書には更に単純な内容のみが書かれているという前提とすれば、本書により専門書を読むための基礎知識を効率的に得られると言える。

文体について、考えてみる。
文単位で見れば気になる部分もあるが、全体としての構成は素晴らしい。
入門者を意識して書いただけあって、説明の順番が適切に組まれている。

微視的な観点では、括弧書きが多いと感じた。
私自身が好き好んで括弧表現を使うので人のことを言える立場か微妙だが、教科書、入門書、専門書、論文などでは、本書ほど括弧を使う文章は珍しい。
特に括弧内に長文が入るとテンポが悪くなると感じる。

そして、漢字遣いだ。
『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』では、(主観だが)特殊な漢字遣いをしていると感じる。
例えば本文に頻出のものとしては、「先ず」「然し」あたりが気になるところだ。
ベレ出版の編集により漢字に変換された可能性も考えたが、各章中表紙に印刷された筆者手書き原稿から、元々漢字であったことが読み取れる。
余談だが、手書き原稿で「コンピューター」とされている記述が、本文で「コンピュータ」に訂正されている。
これは編集GJだ。特に科学分野では無用な長音符号は省略される傾向がある。

話を戻すと、文体に関しては研究の指導者によるところが大きい。
指導者によっては、文章に関して何も言わないかもしれない。
対して、筆者・近藤龍一は独学で『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』を書いたわけだ。
専門書または論文として洗練されていなくて当然である。
これから彼が良き指導者に巡り合うことを願うばかりだ。

世は若き天才ブームだと聞く。
14歳の史上最年少中学生棋士・藤井聡太四段がフィーバーしている。
プロ棋士の対局で
29連勝の歴代最多連勝記録を作ったのだから当然だ。
一方、12歳にして年間3000冊の本を読破した筆者には、たしかに才能があると思われる。
知識欲という才能だ。
だが、それが必ずしも天才科学者としての研究成果に結び付くわけでもない。
多くの情報に触れ、それを体系的に整理できることは、研究者に大切な素養だ。
これに関しては筆者が才能を見せつけている。
さらに、未知の問題へのアプローチを考えられなければならない。
それができてこそ、成果を出してこその天才研究者だ。

章別のレビューでも触れたように、筆者は12歳時点で大学までの物理学・数学の知識を持っている。
やはり日本の教育課程に進むことは無駄ではないか。
海外の大学に飛び級で留学すればよいだろう。
しかしながら残念なことに、『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』出版時には日本の高校に進学しているようだ。
退屈な授業の中で腐ってしまわないか心配である。
ともかく、天才物理学者候補の近藤龍一君に期待していこう。




†FIN†


【後日追記】
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2017年07月27日:
『情報を「お金」に換えるシミュレーション思考』(塚口直史)の読書記録
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2017年08月04日:
『文章を仕事にするなら、まずはポルノ小説を書きなさい』(わかつきひかる)の読書記録
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2017年08月28日:
【随時更新】読書記録記事まとめ【堕天使書評館】
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